自室のチャイムを鳴らす

 

 この話をすると気味悪がられたり心配されたりする。

 大学生の頃、アパートで一人暮らしをしていた。暮らし始めて1年以上経った頃、外出する際にふと気になって自室の呼出しチャイムを鳴らしてみた。
 

 なんとなくの行動だったけど、鳴らした瞬間にゾクッとしたし少し後悔もした。

もし、

  中から「はーい」という声が聞こえたら、

  知らない人が出てきたら、

  自分と同じ顔のやつが出てきたら、

そんなことが頭を過った。

 

 部屋から出てすぐに誰もいないはずの自室のチャイムを鳴らすというイレギュラーな行いによって、自分の知らない世界(観測できていなかった状態)を観測してしまったら、小さなゆらぎが目の前で確かな現象になるのを認めてしまったらどうしようと思った。

 

 現実にありそうな事としては、泥棒やストーカーがどこかに潜んでいるなんてことは考えられるけど、そんなやつらが平然と家主面して出てきたらめっちゃ怖い。

 

 自分と同じ顔のやつや背格好も顔も自分と同じだけど、どこか何か違うやつが出てきてもめちゃめちゃ怖い。

 

 その後もちょっと怖いなと思いつつ、気になってしまって時々自室のチャイムを鳴らしていた。チャイムを鳴らした直後、玄関ドアの鍵を開けて、ドアを開けて室内を確認したこともあった。


 自分の知らない家族が暮らしていたり、知らないインテリアになっていたらどうしようかな、とかぼんやり考えていた。部屋は変わらず自室だった。
 

 自分が部屋から出たことによって(当然だけど)部屋の中の状態は変わるわけで、監視カメラでもつけていない限り自分はその部屋の中の状態は認知できないけれど*、どんな状態であるか、また何が起きているのか分からなくていい状態ということでもある。

 その何が起きているのかわからなくていい状態を侵してしまうことになるのでは、とたった今思ったが、ここまでくるといよいよ考えすぎなので、当時こんな考えが浮かばなくてよかったと思う。
(*「監視カメラ越しに部屋を観測していること」と「部屋の中にいること」が同じであるかはここでは別の話として。。。)

 こういうことを話すと病んでいると言われたり闇が深いという安っぽい感想をもらったりしたし、結構真面目に、やめなよと言われたこともあった気がする。

 繰り返しこの自室ピンポンをやっていくうちに、たった今出たばかりの自室のチャイムを鳴らすというこの珍奇な行動を、誰かに見られているのではないかという心配が大きくなってきた。見られたら恥ずかしいし、ヤバいやつだと思われたくはない。


 なので、段々と周りを気にして少しキョロキョロしながら自室のチャイムを鳴らして何もせず立ち去っていたが、あの時の自分は本物の不審者だったと思う。

 最近ふとそんなことを思い出して、今住んでいる部屋でも同じことをやってみた。
何よりも周りの目が気になってしまったし、大人になったのかもしれない。

 知らないやつも出てこなかったし、自分と同じ顔をしたやつも出てこなかった。
 でも部屋の中で何が起きてるかは分からない。